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2005年1月31日 (月)

NPO法人アナログゲーム・アソシエーションのゲーム会レポート

DSCN3140DSCN3147DSCN3143 ←スイマセン、手ブレしちゃいました。



1月30日夜、大阪府立青少年会館で第1回NPO法人アナログゲーム・アソシエーションの公式ゲーム会が開かれました。今回は試験的な意味合いも込めて、18~21時の開催となりました。

集まったのは、総勢11名。
『シティ・スケープ』に始まり、『カタンの開拓』、『メイドRPG』、『SS D-DAY』がプレイされました。
ほとんどのプレイはティーチングという形で行われ、『カタンの開拓』は次回より年間グランプリの開催が決定しました。
今後の展開を話し合った結果、未体験者へのティーチング、ゲームマスターの養成、ゲームデザインに関する講習などを重視して、昼はゲームを楽しみ、夜は90分の講習(自由参加)を考えています。

DSCN3144『カタンの開拓』年間グランプリ幹事のIWAKOさんです。彼、『メイドRPG』の表紙イラストを手掛けています。どこかで見かけたら、声を掛けてあげて下さい。

2005年1月30日 (日)

ミドルアース麻雀クラブの活動レポート

MMC(ミドルアース麻雀クラブ)がひさびさに活動しました。
この日はいつも通り半荘4回。
参加者は松山さん、山中さん、ヨッシー、そして僕です。

この日の僕の結果は、2位、1位、2位、4位の+50で全体の2位。
最後の半荘は北場まで突入する大混戦。
僕は北一局まではトップだったのですが、山中さんに追っかけリーチされて親っパネふりこんでしまいました。
やっぱりトップ時にリーチしちゃ駄目ですね。

とはいえ、この日は山中さんの一人負け。
ヨッシーは、これで『グランツーリスモ4』を買うと言っていました。
僕は開催前に山中さんと焼き肉を食べたので、奢ってもらった形になりました。
ありがとー、山中さん。ごちそうさまでした。

2005年1月24日 (月)

自称エース、撃沈!

DSCN3111DSCN3119DSCN3112




昨日はミドルアースの定例会でしたが、年明け早々波乱の幕開けとなりました。
 
『The Korean War』で「北朝鮮軍なら負けない!」と豪語していた自称エース氏ですが、このゲームの対人プレイは初めてというやまさんにあっさり敗北…。
(写真中央…仁川上陸で、まさか?の敗北に頭を抱える自称エース氏)
前回の定例会を休み、グアムでゴルフ三昧してきたツケが回ってきたのでしょうか。
やはり世の中、きっちり帳尻が合うようにできているようです。
両者と対戦経験のあるデグさん曰く、「自称エース氏にはやまさんほどの脅威はない。キレが違う。」とのこと。
さて、やまさんの今後の動向が気になるところです。

DSCN3115DSCN3122




その他、デグさんは「後退戦を味わいたい」との希望で、INBさんから『ウクライナ43』をインストプレイ。
僕はヨッシーのリクエストでやまさんといつもの『戦国大名』。
上野の調略で、僕に対して「テストです!」と宣ったヨッシーでしたが、僕に調略で対抗するには「まだ10年早いぞ!」と返り討ちに。
やまさんも『The Korean War』の疲れか、ゲーム序盤に常陸に中立10戦力×5個の登場して士気崩壊。
今日は僕の勝ちです。
『パス・オブ・グローリー』でもFRT連合軍が小野さんを破るという快挙がありました。

さて皆さん、どしどしコメントを付けて下さい。

2005年1月22日 (土)

今度は『SS D-DAY』

木曜日の夜、平日にもかかわらず、なぜかしらNPO法人アナログゲーム・アソシエーション事務所でゲーム会。
この日はなんと、『SS D-DAY』!
このゲーム、その前の週に栗山さんがヨシオ君に伝授して、今はちょっとしたブームになっているみたい。
NPO法人アナログゲーム・アソシエーションのスタッフは圧倒的にロールプレイングゲームが主体なのですが、「アナログゲームという広い枠で」という私、理事長の鶴の一声で、スタッフはいろいろなゲームを体験するようになり、視野を広げています。
将来的にはゲームデザイン活動を志している者も少なくないので、このような体験は貴重なものになるでしょう。
また、いろいろなジャンルを得意とするスタッフがいることは、「効率よく学習」する上で欠かせない存在です。

とはいえ、結果は報告してもらわなければ…。
噂によるとヨシオ君は今、スキーに行っているらしいけど…。

2005年1月16日 (日)

1月10日の『戦国大名』レポート

小野じゃ。

『戦国大名』は尼子・毛利・大友・龍造寺・島津の5氏でプレイ。
で、わしは大友。
劈頭から、島津氏のやまさんが大友に仕掛けていく。普段なら静観を決めこむやまさんには、珍しいスタイルである。戦闘力では群を抜く大友であるが、財政面では九州の最貧国なので、防御で手一杯。
島津としては、情勢が平穏だと立花道雪の重税で、自分の優位が損なわれることを憂慮したのだろうが、大友プレイヤーの技量をも鑑みれば、島津・大友共倒れは必至という情勢であった。
そして、もちろん、この間に龍造寺は着々とソロプレイを実行。誰憚る事なくビクトリーロードをひた走っていた。
何年間かの抗争の後、ようやく南方戦線も多少安定し、大友は豊前を完全支配する余力ができた。その勢いで重税を試みるも、不穏。その年の軍備フェイズ。
(ん~、豊前不穏やから、誰か置かなアカンやろなぁ。けど、道雪と軍勢を分けられへんし、そうなると、豊前に人手は回せんなぁ。本多作左1人だけ置いといたろか?『敵方家臣の調略』引かれても、俸禄6支払っても、1/2で裏切らへんし・・・。不穏の国で内政2では、イヤなこと、起こるかもしれんし。だいたい、本多作左にそんな金、積むこと自体イヤやし、やってくるとしたら、やっぱり道雪だろ。そもそも、誰も置かなくても、わし、豊前、失いそうじゃん。不穏なんだから。)
というわけで、本多作左・城5・不穏という配置で、豊前は翌年を迎えた。
そして、『敵方家臣の調略』を引いたのは、龍造寺だった。龍造寺家にはすでに加藤清正という素晴らしい家臣がいるので、道雪には関心を示さない。標的は豊前である。積まれた支度金はなんと、9!!6加増でサイコロ不要である。
こうして、豊前を自国領とした龍造寺氏は、長州と陸続きとなり、毛利氏と突然隣接することとなった。毛利の背後でいきなり高まる緊張感。
ゲームを始める時には、二人と三人に分かれてゲームしてるようなことになるんじゃないか、と思っていたが、少人数で、中国だけ、九州だけでやってるときにはこれは味わえない。やってみるものである。
ところで、本田作左である。龍造寺家が彼を討ち死にさせるまでに、支度金・俸禄合わせて18金。行軍費用で5金。兵1を失うから、それで1金。計24金が投じられ、それで、土一揆5城×2の発生した豊前の5城を手に入れたこととなった。
「これはある意味、逆経済戦争じゃないか・・・」と、やまさんがつぶやく。
まあ、毛利氏も雅な暮らしをしたり、朝廷から官位を授かったりして、国庫は空同然だったので、さして問題はない。龍造寺氏としては、大友対島津、毛利対尼子を介入できる位置を確保しながら眺めていられる立場を得た。
ところが、龍造寺は、間髪入れずすぐさま豊後に侵攻し、『城方の内応』を使って電撃的に制圧した。大友宗麟は肥後にて客死。以後大友プレイヤーは、肥後堀氏として島津の幕閣に加わった。
対大友戦がいきなり終了し、九州の南半を手中にした島津の反応は早かった。大名自ら海路筑後に上陸、堀氏も肥前の支配を大友から奪い取る。さらには、龍造寺家家臣加藤清正が筑前で独立。西国一の大大名を目指した龍造寺隆信は一夜にして、ジプシーとなってしまった。
九州の顛末は以上のごとくであった。

中国は圧倒的な毛利氏の前にどれほど抵抗できるか、と思われていたヨッシーがゲーム終了まで戦い抜き、まだ国力0まで到達していなかったのは上出来の部類ではなかろうか。
このゲームはなかなか滅ばないし、粘っていれば何かが起こるということもあるので、弱い大名を引いても、長期持久を図るのが他のプレイヤーに対しても失礼でない、といえるだろう。
例えば、実際に毛利元就が死去したときに、小早川隆景が石見で味方していれば、情勢は大きく変わってしまうのだから。ただし、それが実現したときには、小早川氏が尼子の家臣になるよりは、尼子が小早川氏に臣従する方が妥当な気がするけど・・・。なんといっても、収入も能力も小早川の方が上なんだし・・・。うわっ、情けな。
けど、尼子義久と山中鹿之助でプレイしてたら、小早川隆景なんて後光が射してみえるだろうな。

最後に、ハウスルールを一つ。
独立した家臣は、大名として扱う。
家臣が独立すると、白い城塞ではなくて、色つきの城塞を置く。変換の計算方法は変わらず。
城塞に変換される前の勢力は、新たに置かれた城塞の下にスタックさせて記録しておく。もちろん武将駒も。
この勢力は、服従工作の対象とはならない。が、『敵方家臣の調略』の対象にすることができる。
『敵方家臣の調略』により、プレイヤーの所有となった時点で、独立したときに置かれた城塞を取り除き、その下に積んである勢力として、帰順する。
誰の所有でもない間、その勢力に対する攻撃は攻城戦とカードにより行うことができる。
城塞戦力が減少すると、その下の勢力も減じる必要がある。
減らす順序は兵・城塞・武将となるだろう。

以前から、名のある武将がせっかく独立して、巨大な城塞になっても、服従工作で削られていくことに、物足りなさを感じていた。今回のプレイでももっと先へ進んで、龍造寺隆信が筑前の加藤氏を服従工作で滅ぼしていく、ということになれば、違和感が出てくることに同意できる人もいるんじゃないだろうか?
また、もし小早川氏が石見で独立していれば、そのとき裏切らなくても、火種を残せば、尼子のモチベーションも上がると思う。

2005年1月11日 (火)

フンタ』、プレイしました

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土曜日、NPO法人アナログゲーム・アソシエーションのゲーム会で、『フンタ』がプレイされました。
栗山さんからルール説明を受ける小野さんです(写真1枚目)。
まずはプレイ経験者の栗山さんが大統領になり、閣僚ポストを配分します。
中盤にさしかかると、クーデターで政権は小野さんへ(写真2枚目)。
しかし小野さんは2人にしか金を配らず、残りの閣僚は不満の嵐に悩みます(写真3枚目)。
わずか1ターンで政権はあっさりとIWAKOさんへ。
彼、始まって以来ずっと海軍提督で冷や飯を食わされていましたが、ようやく日の目が出ました。
そして、IWAKO政権はゲーム終了時まで続き、最後に勝利!(写真4枚目)
2位とわずか3ペソ差でした。

NPO法人アナログゲーム・アソシエーションでは随時ゲーム会を開いて会員間の交流と親睦を深めつつ、ゲーム開発の一助になるよう、このようなゲーム会を催しています。
1月からは中之島公会堂(予定)において、「ゲーム開発研究会」なる会議を開くことが決定しました。
ゲームを楽しむばかりではなく、議題に沿ったレポートを発表したりする、ゲームデザインに関する真面目な集まりです。

2005年1月10日 (月)

昨日の続き

IMG_0219INBさんは友人のFRTさんと待ち合わせて、この日も『パス・オブ・グローリー』の布教活動。後半は小野さんが横で付きっきりでサポートしていました。


かくいう僕は、朝8時にヨッシーから電話。
「『戦国大名』しますから、10時に来て下さい。やまさんと小野さんにも連絡してますんで…」。
「信長上洛」シナリオの西半分をデグさんも加えて、5人でプレイ。
写真はゲーム開始時、第3ターン、ゲーム終了時の順です。
僕は青色の龍造寺を担当。
豊後に攻め込んだ直後(写真中央)に「裏切り」で筑前が中立化。
小野大友+やま島津連合軍に逆に攻め込まれ、九州は混迷します。
その間に、石見を支配したデグ毛利軍はジリジリとヨッシー尼子軍を追いつめます。
今回は「他勢力の調略」は服従工作フェイズにのみ使用可という制限でプレイしました。

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この後、『失われた勝利』がプレイされました。
次回定例会は1月23日です。

2005年1月 9日 (日)

今年最初の定例会レポート

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今日は『パス・オブ・グローリー』と『War for the Motherland』がプレイされました。
ミニ合宿初日と言うことで、どちらもゲームはおいたまま解散。
右写真は僕が連合軍を担当した『パス・オブ・グローリー』。
僕は対戦2回目なので、INBさんにいろいろと尋ねながらプレイしました。
西部戦線がエライことになってしまい、まだまだ修行が足りません…。
明日も引き続き報告します。

2005年1月 4日 (火)

あけましておめでとうございます

新年早々、ミドルアースはいきなり9日~10日のミニ合宿です。
『War for the Motherland』のキャンペーンプレイはあるのでしょうか?→デグさん
僕も何をプレイしようか、思案しているところです。
昨年は私生活の大混乱が各所に大きな影響を及ぼし、『War for the Motherland』と仙台でプレイしたゲーム以外に記憶がありません…。
今年はたくさんプレイしたいですね。
今さらながら『スコードリーダー+COI』と言うのはどうでしょう。
我が家には、未プレイの追加シナリオがたくさんあるのです。

『コマンドマガジン日本版』第60号では、自称エースさんの『太平洋艦隊』キャンペーンレポートの連載が始まり、東京支部メンバーを基幹とした『パックスブリタニカ』のレポートが発表されていましたね。
『独ソ電撃戦』トーナメントも大波乱の様子で、今年もミドルアースは東西どちらも活発な活動を行うことでしょう。

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